対価としてお金

僕は若者ではない。35歳のおじさんだ。
おじさんから見て、今の若者世代の不幸を書き連ねていこう。

①少子化 
まずは全体の数が少ない。彼らは集まっても少ない。集まっても声は小さい。

②飢餓感の欠如/バブルの不在
生まれた時から「なんとなく不況」。だが、コンパクトに生きていれば、衣食住には困らない。ミニマムに生きていくことがスタイルになってしまっている。持っているのはスマホくらい。あと、持っているのは若さくらいのもんだ

③リアル感の不在
教育は欧米型の個人主義を導入しようとして、見事に失敗。結局日本は村社会。「空気を読むこと」に結局支配され、SNSなどの緩やかなつながりを好む。

リアルな世界に生きているようで、実は生きれていない。ファイナルファンタジーやドラゴンクエストは非常に完成度の高いRPGである、僕も好きな ゲームであるが、ゲームはあくまでゲームであり、仮想現実だ。現実世界もゲームであるが、リアル・ゲームだ。肌で経験して喜怒哀楽を感じわたってゆくゲー ムだ。その分喜びも悲しみも、めちゃくちゃ鮮明だ。テレビ・ゲームとは比較にならないくらい、落差がメチャクチャあるだろう。それが生きるということだと おじさんは思っている。

若い世代と仕事していて感じる違和感は、もちろん全員が全員ではないけども、「一見素直で従順」なのだが、「心が通う感じ」が希薄だということ だ。彼らにとってはそれが普通なのかもしれないが、おじさんからすると、若いころに引っかかった自己啓発セミナーの集会や新興宗教の集まりの中で感じた違 和感に近いのだ。うまく言えないけど、そういう人と世界の間には薄い皮があるのだ。彼らには薄い皮があるから、その分傷つかないのだろうが、正直言って僕 には気持ち悪く感じられたのだ。

はっきり書いてしまって、ファンの人とかが見たら激怒するかもしれないけど、今、「SEKAI NO OWARI」が若者世代に人気ということで、あー、やっぱりね、と思うのだ。僕は彼らの歌に真の意味での力強さを感じないのだ。「怖いものなんてない 僕 らはもう一人じゃない」と歌うじゃないか。良く言えたもんだよ。人は一人で生まれてきて一人で死んでいくのだ。絶対的に孤独なんだ。だからこそ、人と繋が りあおうとしてもがくんじゃないか人間は。怖いものなんてない??本当か??怖いというのは人間の基本的な感情の一つだと思うが。自分に嘘をついてやない か?

僕は精神科医じゃないから細かいことはわからない。だが一介の医師として思うのは、人間病める時には必要に応じて薬に頼るのもいいと思う。むしろ 我慢せず頼らなければならない時もままある。無理して薬を使わないのがいいわけでは決してない。でも、いつかは薬が要らなくなるほど健康になってくれれば いいと思ってる。それがおそらく、本人にとって幸せなことだろうからだ。不安を薬に頼らねば抑え込めないよりかは、薬を用いずに対処できるようになったほ うが、本人は楽だろう。

精神的な問題を抱える人には、身体的な疾患が原因となることもあるけども、もともとの性格傾向、思考回路、行動様式に問題があることが多い。そこ を改善しなければ結果的に精神的な問題は解決されないだろうというケースはままある。つまり、苦しいことではあるが、結局真摯に自分に向き合うしかないの だ。生身で、丸腰で、世界に出ていかなけらば解決できないのだ。だからこそ精神科治療は難しいのだろう。

僕はSEKAI NO OWARIの歌に精神的な未熟さを感じる。世界に薄皮を貼って、できるだけ傷つかない方法で生きる方針を感じる。ファッションという形でまとめられている が、メンバーにピエロのお面をずっとかぶってる人もいるようだ。道化/仮面というのは自分を偽ることで世の中を生きていこうとする「人間失格」にも描かれ ているオールド・ファッションなやり方だ。僕はこのバンドに今の若者世代の精神病理と不幸を見るのだ。

 


苦しいとは思う。辛いとは思う。
けれど、無理はしなくてもいいから、仮面を脱ぎ捨てて、裸で、丸腰で、
何の先入観も持たず、この現代社会の中で、もがき、生き、
そして幸せを見つけてほしい。
「夜回り先生」の水谷修氏も言ってる。「自分を見つめるより、他人に優しさを配ってごらん」。
仕事は誰かのために何かをして、対価としてお金をもらうものだ。
他人に喜んでもらうことで、結果的に報酬が得られている。単純なことだ。
働くことで、他人に優しさを配ることにもなるし、自分に向き合うことにもなる。
世の中にリアルに関わることにもなる。
゜自分は生きている’ということを若い感性で100%感じ切ることが、
いかに大事かということを感じてほしい、とおじさんはすごく思ってしまうのだ。
リアルワールドをフルプレイしていただきたい。
世の中で一番面白いゲームは人生だ。