下手くそだなぁと思う。
多分、日本人て、歴史的に見ても、誰かを責めることに慣れていないのだと思う。あまり、そういう文化で生きてこなかった。
ここ最近じゃないのかな、日本も欧米化して、個人の責任を強く問責したりするようになったのは。それまでは、というか今でも基本的には日本人の精神構造はそうなんだけれど、村意識、連帯責任、責めないから、何かあった時は自分の事も見逃してね、的な姿勢なんだと思う。
だから、冒頭に書いたが、下手くそなのだ、誰かを批判する事が。もともと不慣れな事を、最近、ネットや個人意識の高まりで、にわか、そういうことが行われるようになったから、何というか、こう書くととても悪意があるように思われるかもしれないが、童貞が初体験で舞い上がって理性を失って暴走してしまうかの如く、慣れない事をするもんだから、誰かの責任を問うてるうちに、エスカレートしてしまって、やり過ぎてしまう。責めるべきを、責めてる側自らが見失い、単なる攻撃の為の攻撃に堕していってしまう。
そうすると、どうなるか。
こういう、釈明文のような事になるのだ。
どういう事か。
本来、明確な非があり、責めるべき相手に、論拠すり替えの根拠を与えてしまうという事になる。
余計な批判や中傷を行ったことで、相手に「被害者」という立場を与え、釈明しやすくさせてしまっているのだ。
だから、下手くそだなぁと、稚拙だなぁと思うのだ。
おそらくこれで、大多数の人にとっては納得のいかないままの幕引きとなるだろう。
まぁそれでも、小さな声の集まりで大勢が引っくり返ったことには多少の意味はあると思う。

最後に。
この騒動の初めから思っていたことを書かせてもらいたい。
この情けなく、関係者の誰一人として責任を取らない有様を、個人的に敬愛してやまない希代の芸術家、岡本太郎が天国から見ていたら、なんというか。声が聞こえてきそうな気がする。
「卑しい」と。
彼は先の東京五輪で記念メダルのデザインをしているが、その独創性はもはや語るまでもない。どう見ても、岡本太郎オリジナルだ。
もう居ないのだろう、それが寂しい。
彼のごと、精神の気高さを持ったクリエイターは。